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大阪家庭裁判所 昭和46年(少)64号 決定 1971年2月15日

少年 K・O(昭二六・六・一八生)

主文

この事件について審判を開始しない。

理由

1  本件記録によると、本件送致事実の要旨は、

「少年は、K・F、K・Sと共謀のうえ、昭和四五年四月一九日午後四時すぎごろ和泉市○○町○○○番地○山紡績工場敷地において○山こと○東○に対して手で肩を突き、腹部、頭部、顔面を殴打し、身体をひきずるなどの暴行を加え、よつて同人に対し約二週間の加療を要する全身打撲症の傷害を負わせたものである。」

というのである。

ところで、本少年については、かつて当庁に昭和四五年少第五一二四号窃盗、傷害、建造物侵入器物損壊保護事件が係属し、右事件記録によると、傷害の事実を認定しこれに基き保護的措置を施したうえ、昭和四五年八月二四日審判不開始決定をした(因みに、窃盗、建造物侵入、器物損壊の事実については非行なしと判断)ことが認められる。そして、右傷害の事実の要旨は、「少年は、兄K・F、同K・Sと共謀の上昭和四五年四月一九日午後四時二〇分頃、和泉市○○町○○○番地○東○(三八歳)方敷地内において同人の肩とK・Fの肩とがふれあつたことから○東○に対し腹部を突いて転倒させ、更に同人の胸倉をつかんでひきずる等の暴行を加え、よつて同人に対し全身打撲症による通院加療約二週間を要する傷害を与えたものである。」というものであつて、これは前記の本件送致事実と同一であることは明らかである。検察官は告訴があつたという理由で重ねて送致して来たものである。

2  このように既に保護的措置を加えたうえ審判不開始決定をした事実と同一の事実が重ねて送致されて来た場合、この事件について改めて非行事実の存否を判断し保護的措置ないし保護処分といつた処分ができるかについては問題があり、検討を要するところである。

3  少年法は、保護処分に付された犯罪事実について重ねて訴追または審判することを禁じている(同法四六条本文)が、本件のように実体判断をした審判不開始・不処分決定については規定がない。しかし、むし返しを認めることは、法的安定性を害するのみならず、いたずらに少年の不安を増長することになり教育的配慮からも好ましいことではなく、この点は、既に保護処分に付された事実につき重ねて審判する場合と同じである。そして、このむし返しを認める不合理性については、不開始・不処分決定をした事実につき刑事訴追という異なる手続に関係してくる再生の場合には、少年保護手続と刑事手続の基本的な構造の相異などの別の観点からの吟味が必要であつて速断できない面をもつているが、本件のように少年保護手続という同一の手続内においては顕著であつて到底是認できないところである。

4  ところで、少年保護手続は少年の保護育成を目的とするもので、この見地から少年法は刑訴法とは異質の規定を種々設けており、そこには自ら刑事手続とは異なつた配慮が要請され、刑事手続において認められる既判力または一事不再理の原理をそのままの形で直ちに少年保護手続に持込むことはできないといわねばならない。この趣旨からいつて少年法の前記四六条本文の規定も保護処分に付された犯罪事実に限つて政策的配慮に基き特別に刑事手続における一事不再理の原理と同様な効力を認めたものであるとの見解(最高裁判所昭和四〇年四月二八日判決刑集一九巻三号二四〇頁参照)も相当の根拠があり一概に排斥することはできない。

5  しかし、いわば憲法三九条後段の趣旨に照し、二重の危険の禁止の原則ないしは一事不再理という基本的人権の手続的保障を少年保護事件に体現したとみられるこの規定から離れて裁判の確定という制度的な要請の観点からみると、審判不開始・不処分決定も司法機関である家庭裁判所の終局裁判であつて不服申立の方途がなく最終的なもので確定的であるから明文の有無にかかわらず、少年保護手続という同一の手続内においては、その確定力の作用としてその手続としてのそれなりの確定した裁判内容について再度の手続を禁ずる既判力を有するものと解することは前記2の趣旨からいつてもあながち否定できないと考える。この認識に立つときは、その面から検討が要請される。

6  少年保護手続の既判力は、少年と非行事実によつて特定される意味での事件全体に及び、非行事実と保護的措置ないしは保護処分が確定すると解されるが、その場合に要保護性について実体判断をした決定については非行事実のほかに要保護性についても考慮しなければならない。ところで、既判力は判断時の非行事実を含めての処分内容につき生ずるもので、判断時という一定の基準時をもつものであり一方、要保護性は時の経過に従つて変化する特質をもつから要保護性についての既判力は、理論的には判断時の裁判をもつて後の裁判を内容的に拘束するという拘束効としてあらわれる面があるが、現行少年法制の下では、要保護性の変動にもかかわらず決定の変更は原則としてできず、しかも、要保護性は、非行事実を基礎とし、それに特徴づけられるものと考えられるから非行事実において確定していれば、新たな非行事実がない限り要保護性も確定しているとみなければならず、この場合は、既判力は排除効として作用し、重ねて送致してきた事実については、既判力に抵触して審判することはできないと解される。

7  以上のことを本件はあてはめてみると、本件では、検察官が、告訴があつたとの理由で前事件(少年に対する当庁昭和四五年少第五一二四号窃盗、傷害、建造物侵入、器物損壊保護事件)の送致事実と全く同一の事実を重ねて送致してきたもので、新たな非行事実も付加されていないから、前事件の既判力の排除効によつて重ねて審判できないこととなるので、少年法一九条一項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 円井義弘)

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